大切な家族が認知症との診断を受けたら……。あまりのショックに、何も考えられなくなってしまうかもしれません。
しかし、認知症を患った本人と他の家族を守るため、認知症の治療や緩和ケア以外にもいくつか行うべきことがあります。なかでも重要なのは、患者の大切な財産を守るための法的な手続きである「成年後見人の申し立て」です。
あまり耳慣れない「成年後見人」という言葉ですが
- 「誰がなる?」
- 「手続きは?」
- 「なにをする人?」
など、成年後見制度をわかりやすく解説していきます。
もくじ
成年後見人制度とは
成年後見人制度とは、精神疾患や認知症などで判断能力が衰えてしまったとき、周囲の人が法的な「後見人」となり、その人の財産を不当な契約などから守る制度のことです。
以前は、判断能力が十分ではない人のための制度として「禁治産・準禁治産者宣言制度」などがありました。これは判断能力が不十分な人を「禁治産者(準禁治産者)」として、財産管理などを制限するものです。
しかし、禁治産者と認定されるとその事実は本人の戸籍に記載されるなど、公表されてしまうことから、社会的偏見や差別を生むなどの問題点が指摘されていました。
そこで平成12年からは、判断能力が十分ではない人も偏見・差別されることなく社会生活を送ることができ、その上で本人の財産と権利を守ることが可能な「成年後見制度」が、介護保険制度と同時にスタートしたのです。
成年後見制度は、成年後見の内容を法務局に登記し、必要な際に法務局から発行される登記事項証明書を提示する形で契約の相手方に確認を取る方式なので、戸籍などに記入されることはありません。
成年後見人制度は、判断能力が十分ではないため契約などの法律行為が行えない人を、後見人が代理となって必要な契約等を結んだり、その他の財産を管理するなどして被後見者の保護をはかるためのもの。
たとえば認知症の人が誰かに騙されて、必要のない高額な商品を購入する契約を結んでしまっても、法的に認められた後見人はその契約を取り消すことができます。
また、認知症が進むと、
- 自身の預貯金の管理や解約
- 施設入所のための介護保険契約
- 要介護認定の申請手続き
- 病院の入院手続き
上記のような対応などをひとりで行うのは困難なケースが増えていきます。
こうした場合、患者が成年していれば家族や親戚が本人の代理で正式にこれらの手続きをすることはできませんが、法的に「成年後見人」と認められた人なら、患者本人の代理でこれらの手続きを行うことができるのです。
成年後見制度には「法定後見」3種と「任意後見」がある
成年後見制度には、大きく分けると「法定後見」と「任意後見」のふたつがあります。まずは、両者の違いについてみていきましょう。
法定後見
すでに本人が認知症で「判断能力が不十分」と診断されている場合に、家庭裁判所に申し立てを行うことで、選任された後見人が本人に代わって財産や権利を守って、本人を法的に支援する制度を言います。
任意後見
現在は判断能力に不安がないものの、将来的に判断能力が十分でなくなったときのための制度のこと。将来、認知症などで判断能力が低下したときのために、任意後見人を選んで公正証書で任意後見契約を結びます。
すでに現在、判断能力が低下している場合には「法定後見」。将来、認知症などになったときの備えとして、後見人を決めておくなら「任意後見」を選べばいいということですね。
法定後見は「後見」、「保佐」、「補助」の3類型
家庭裁判所に申し立てて選任を行う法定後見には、判断能力のレベルに応じて3段階に分かれます。このレベル(類型)によって、後見人の権限や職務の範囲は変わります。
また、判断能力の低下がより著しい場合につく「後見人」「保佐人」がついた場合は、被後見人や被保佐人は医師や税理士などの資格のほか、公務員等の地位を失い印鑑登録も抹消。
それぞれ具体的に見ていきましょう。
[後見]
対象者の判断能力 | 判断能力が全くない |
申し立てができる人 | 本人、配偶者、四親等以内の親族、 検察官、市町村長など |
後見人に与えられる権限 | 財産管理の代理権、取消権 |
申し立てによって与えられる権限 | ― |
制度を受ける本人が失う資格、地位 | 医師、税理士、会社役員、公務員 |
「後見」は、日常生活を自分一人で行うのが困難で、買い物などが全くできないような状態の方が対象。
後見人には、被後見人の財産の管理、法律行為を代行する「代理権」と「取消権」(被後見人が後見人の同意なしに行った法律行為を取り消すことができる権利)が与えられます。なお、被後見者の自宅の処分については家庭裁判所の許可が必要になります。
[保佐]
対象者の判断能力 | 判断能力が著しく不十分 |
申し立てができる人 | 本人、配偶者、四親等以内の親族、 検察官、市町村長など |
保佐人に与えられる権限 | 借金や相続の承認、家の新築・増改築など 特定の事項についての同意・取消権 |
申し立てによって与えられる権限 | 上記の保佐人に与えられる権限以外の事項 についての同意権、取消権。特定の 法律行為についての代理権 |
制度を受ける本人が失う資格、地位 | 医師、税理士、会社役員、公務員 |
「保佐」は、普段の買い物程度は可能なものの、不動産売買などの重要な財産行為をおこなうときは、誰かの支援があったほうが好ましい方が対象。保佐人は、被保佐人の重要な財産に関する行為への同意権と取消権が与えられます。
借金や訴訟、相続の認証や放棄、新築・増改築などを被保佐人が行うときには、保佐人の同意が必要です。保佐人の同意がないまま被保佐人が重要な財産行為を行った場合、取り消すことが可能で、保佐人の同意が必要な法律行為は家庭裁判所の審判により、追加することも可能。
[補助]
対象者の判断能力 | 判断能力が不十分 |
申し立てができる人 | 本人、配偶者、四親等以内の親族、 検察官、市町村長など |
補助人に与えられる権限 | ― |
申し立てによって与えられる権限 | 借金、相続の承認、家の新築や増改築など 特定の事項の一部についての同意・取消 権・特定の法律行為についての代理権 |
制度を受ける本人が失う資格、地位 | ― |
「補助」は日常的な買い物などは十分可能なものの、借金や相続の承認などの重要な法律行為に関して、一人で行うことが不可能ではないけれど適切に行えない恐れがあり、他人の援助を受けたほうが安心な人が対象。
補助人は法律で定められた行為の一部について、同意・拒否権があり、保佐人同様家庭裁判所の審判によって特定の法律行為に対する代理権を追加することが可能です。
後見人・保佐人・補助人にはできないこと
後見人等(保佐・補助人)は、毎日の食材や日用品などの買い物や、日常生活に関する行為に対しての権限はありません。もし認知症になって後見人をつけたとしても、買い物をする楽しみや自分の生活スタイルを奪われたり、制御されたりする心配はないのです。
日用品購入に対する同意・取消以外で、成年後見人等ができないことは以下のようなものです。
事実行為
食事や排せつなどの介助や清掃、病院への送迎や付き添いなどの行為。成年後見人等は、法律行為を代理・手助けするもので、こうした事実行為への援助の必要が生じた場合は、介護保険やその他の制度を利用して専門家に委ねることになります。
事実行為に関する援助などは、成年後見人等が行わなければならない行為の範囲ではありません。
医療行為への同意
医療行為は本来、本人が行うべきとされていますが、意識混濁などの状態に陥ったり認知症が進んで医師の問いかけにこたえられないような場合は、周囲の人に判断を求められる場合もあります。
しかし医療行為に対する同意は、成年後見人等のなすべきことの範疇にはありません。親族がいる場合は親族に、いない場合は医師に判断を委ねます。
身元保証人・身元引受人・入院保証人等になること
福祉施設などへの入所契約書には、身元保証人や引受人を連帯保証人にする場合があります。
しかし成年後見人等は「財産管理」として入所費用の支払いをしたり「身上監護」のための手続きを行う立場ではあるものの、後見人等だからといって、身元保証人や・身元引受人・入院保証人などに就任することは後見人の仕事の範囲外です。
居所指定権
成年後見人等は、代理権の範囲に応じて、福祉施設等の入隊所に関する契約を行う権限があります。しかし「自己決定の尊重」の趣旨により、実際の入退所には本人の同意をとりつけることが大前提。
いくら成年後見人であっても、命にかかわるような緊急時を除いては強制する権限はないのです。
一審専属兼(婚姻、離婚、養子縁組等)の代理
婚姻や離婚などは、本人同士の合意がなければ無効です。後見人等は、婚姻届けを書く・出すといった手続きの代行はできても、本人の合意のない婚姻や養子縁組などを勝手に代行することはできません。
成年後見人の7割強は、配偶者や子、親族以外の第三者
成年後見人等(後見人・保佐人・補助人)になるには、特に法令上の制限は、なし。ただし、以下の人は「欠格事由」に該当するため、成年後見人等にはなれません。
- 未成年者
- 家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人、補助人
- 破産者
- 被後見人、被保佐人、被補助人に対して訴訟をし、またはした者およびその配偶者並びに直系血族
- 行方不明者
最高裁場所事務総務局家庭局が発表している「成年後見関係事件の概況 平成29年1月~12月 」によりますと、成年後見関係事件(後見開始、保佐開始、補助開始、および任意後見監査人選任事件)の申し立て件数は、平成29年1年間で合計35,737件。
こうした申し立ての成年後見人等と本人との関係をみてみると、配偶者や親、子、その他の親族が成年後見人に選任されたものが全体の約26.2%です。一方、親族以外の第三者が成年後見人等に選任されたものは、全体の約73.8%で、第三者が成年後見人等に選任される割合は年々増加しています。
家族や親族などは、そもそも被後見者の財産相続について利害関係があります。相続権のある親族どうしても思惑の違いからトラブルになったり、法的知識のない後見人のルーズな財産管理の実態が、被後見者が亡くなってから露見して係争になることも。
このように親族では公私があいまいになりがちなため、ある程度の財産を有する場合は、被後見人本人を第一に考えてきちんと財産管理を行ってくれる専門知識を持った第三者に後見人を委ねるべき、とする傾向が近年の家裁にはあるようです。
成年後見人の申立て方法
では実際に成年後見人をつける際の、手続きの流れを見てみましょう。成年後見人の申し立てから審判までにかかる期間は、2か月以内というのが全体の約80%。
制度開始当初にくらべれば、これでも審理期間は大幅に短縮されているそうです。
成年後見制度の手続きと流れ
家庭裁判所への申し立て
申し立てに必要な書類は、
- 申立書(家庭裁判所で無料配布)
- 申立人の戸籍謄本1通(被後見人本人以外の申立の場合)
- 本人の戸籍謄本、戸籍の附票、登記事項証明書、診断書1通
- 成年後見人候補者の戸籍謄本、住民票、身分証明書、登記事項証明書各1通
- 申立書付票
- 本人に関する報告書
「後見開始の申し立て」の場合、かかる費用としては、申し立てのために収入印紙800円、切手3,000~5,000円が必要です。
家庭裁判所の調査官による事実の調査
申立人と、被後見人となる本人、成年後見人等の候補者が家庭裁判所で事情を聴取されます
精神鑑定
実際に鑑定が行われるのは全体の約1割程度で、ほとんどの場合は病院からの「認知症」についての診断書などで認められるようです。鑑定が必要とされて、本人の精神の状態について医師などに鑑定をしてもらうと費用が5~10万円必要な場合もあります。
審判
申立書に記載した成年後見人等候補者が、そのまま選任されるケースも多いですが、家庭裁判所の判断により弁護士や司法書士などが選任される場合もあります。
審判の告知と通知
裁判所から審判所謄本が渡されます。
法定後見開始
居住地の法務局に法定後見についての登記が行われます。登記費用として収入印紙2,600円が必要です。
法定後見人の仕事
法定後見人の主な仕事は、大きく分けると「財産管理」と「身上監護」のふたつです。
財産管理
- 現金や預貯金、不動産の管理
- 収入・支出の管理
- 有価証券などの金融商品の管理
- 税務処理(確定申告や納税など)
身上監護
- 医療に関する契約
- 施設への入所契約
- 介護などに関係する契約
- 生活、療養看護に関する契約など
前述したとおり、日常の買い物や実際の介護、生活の管理などは、法定後見人の仕事の範疇には含まれていません。
また、新たに法定後見に就任した当初は、上記の仕事以外にもやることがあります。
- 登記事項証明書の入手
- 本人、関係者との面談
- 財産関係の書類・印鑑等の引きつぎ
- 銀行、保険会社などへの届出
- 財産目録の作成
- 年間支出額・収入等の確認と明示
そして法定後見人に就任すると、家庭裁判所への報告が必要になります。家庭裁判所は、必要があるときはいつでも成年後見人に報告を求めることができますが、実務上は年に1回程度のことが多いようです。
ただし被後見者の居住地が自宅から福祉施設に変更になったときなど、生活環境に変化が起こった場合や重要な財産を処分するような場合は、成年後見人から家庭裁判所へその都度報告する必要があります。この定期的な報告を怠った場合には、家庭裁判所が成年後見人を解任する場合もあります。
法定成人後見人選びは慎重に
成年後見人は、被後見人の財産を本人のために管理する仕事です。そのため、その管理は厳格に行わねばなりません。万が一、被後見人に損害を与えた場合はそれを賠償する責任もありますし、損害を与えた経緯が悪質な場合は刑事責任を負わされるケースもあります。
こうした重大な責務を負う成年後見人は、一度引き受けたら「想像以上に面倒だから」「仕事が忙しくなったから」などといった、成年後見人の都合だけで自由に辞任はできません。成人後見人を辞任できるのは、辞任しなければならない正当な事由(病気、高齢による衰え、海外など遠隔地への引っ越し)があり、それを家庭裁判所が認めて辞任を許可した場合のみ。
逆に、後見人に財産の横領などの不正な行為や、著しく後見の任務に適さないと認められる事情がある場合、家庭裁判所がその任務を解任することもあります。
また弁護士などを専門職後見人として一度選任してしまうと、周りの家族の思惑だけで後見人を変更するのは、専門職後見人に落ち度がない限り、まず不可能です。ただし法的には落ち度がなくても、被後見人の家族とあまりに価値観がかけ離れていたり、相性が悪くて信頼できない、というケースもよくあります。
専門職後見人を探すときは、事前にしっかり面談して本人を第一に考えて働いてくれそうか、誠実そうか、親族が信頼できるかなどをじっくり検討するとよいでしょう。
後見人になってくれる専門職(司法書士・弁護士・社会福祉士)のあてがない場合は「公益社団法人 成年後見センター・リーガルサポート」などに相談してみるのも手。
ほかにも、成年後見人探し専門のサイトはこちら。
http://seinenkoukennin-sagashi.com/
専門職の後見人をつけるにしろ身内から選ぶにしろ、成年後見人選びでなによりも大切なのは、認知症を患った被後見人のことを一番に考え守ってくれる人を選ぶこと、と胸に刻むことが最も重要です。