仏式の葬儀と一口に言っても、実は宗派によってさまざまな違いがあります。終活を考え、仏式の葬儀を選ぶなら、漠然と「仏式で」とエンディングノートなどに書き込むのではなく、具体的に「この宗派の葬儀を」と、しっかり指定しておくことが大切です。
数多くある仏式の宗派ですが、そのなかでもお坊さんがあげるお経に特徴があるのが黄檗宗です。一般的な「お念仏」のあげ方とは違い、日本語ではなく古い中国語の発音でお経を読みます。
鐘や太鼓などの鳴り物を鳴らしながら、リズムに合わせて四拍子で歌い上げるように唱える「梵唄(ぼんばい)」と呼ばれる読経法もあります。
独特なお経のあげ方にちょっとびっくりする黄檗宗のお葬式ですが、ほかにはどのような特徴があるのでしょうか?そして黄檗宗の葬儀に参列する際の作法・マナーとは?
黄檗宗の成り立ちや、葬儀の流れについてみていくことにしましょう。
もくじ
「黄檗宗」は日本三禅宗のひとつ
黄檗宗は、臨済宗、曹洞宗と並ぶ日本三禅宗のひとつです。江戸時代初期に中国から渡来した隠元隆琦(いんげんりゅうき)が開祖となり、日本に広くその教えを広めました。
臨済宗を起源とし、当初は「臨済正宗黄檗宗派」と名乗っていましたが、明治時代には臨済宗から独立して「黄檗宗」と名乗りました。
ちなみに今も食べられている「インゲンマメ」は、この隠元隆琦が来日した際に日本に持ち込んだため、その名がついたと言われています。
禅宗のため、黄檗宗の修行では「座禅」がその中心で、自己の内面を座禅によって見つめ、悟りを開くとされています。
また、仏教の中では日本に渡来するのが遅かったため、開祖である隠元の教えが色濃く残っており、読経や儀式の作法も中国禅を踏襲する部分が大きいのが特徴です。
黄檗宗の寺院には、中国式の建築様式や外観を持つものが多いのも、このためです。
最大の特徴は唐韻で行う「凡唄(ぼんばい)」と呼ばれる読経法
黄檗宗のお経は般若心教ですが、一般的な日本語読みではなく、すべて唐韻(中国語の読み方)で読経を行います。
般若心経の最初の部分である「摩訶般若波羅蜜多心経」は、日本語で「まかはんにゃはらみたしんぎょう」と発音しますが、唐韻では「ポゼポロミトシンキン」と発音します。
また、鳴り物の法具(木魚、インキン、鈴、大太鼓、仏殿太鼓、小鼓、繞鉢、拍子木、銅鑼など)を4拍子で打ち鳴らし、このテンポに乗って歌うように読誦する「凡唄(ぼんばい)」という形式で、唄うようにお経を唱えることもあります。
通常の読経のイメージとはかなり異なるため、初めて黄檗宗の葬儀に参列した人は、驚くかもしれませんが、非常に美しく魂を揺さぶられる芸術的なお経です。
鳴り物のテンポに乗せて、修行を積んだ禅宗僧侶の抑揚のついた通る声でお経を読誦する「凡唄」は、音楽の起源ともいえる美しいもので、近年では伝統的無形文化としても注目が集まり、文化庁主導のもとに「黄檗声明」という名で、舞台公演などが行われることもあるほどです。
黄檗宗の葬儀に参列した際には、芸術の域にまで高められた読経を味わいながら故人を偲び、心の中で冥福をお祈りしましょう。
松明を使う「引導渡し」も、重要な儀式のひとつ
黄檗宗だけでなく、禅宗のお葬式に欠かせない仏具と言えば松明(たいまつ)です。葬儀の中で、導師(僧侶)が故人に「引導を渡す」儀式に使います。引導渡しは、黄檗宗のお葬式で故人を弔う場合、非常に重要な儀式のひとつです。
松明の火を棺に近づけて、導師が故人に一節の法語を唱えた後「カァーーーーッ!」と大声で一喝する、というものですが、これは故人に悟りをさずけ、現世への迷いを断ち切って、つつがなく極楽浄土へ送るための作法です。
通夜振舞いの精進料理は美しい大皿盛りの「普茶料理」
黄檗宗の葬儀での通夜振舞いや、その後の法事などで出てくる精進料理は「普茶料理」です。通常は4人で1卓に座り、大皿に美しく盛り付けられた料理を、分け合って食べる形式です。
普茶料理は薬膳に通じる医食同源の料理としても知られ、葛と植物脂を多く使った濃厚な味付けと炒めや揚げといった油を使う調理法が多用される点が特徴です。代表的な普茶料理には「胡麻豆腐」があり、中華料理や沖縄の伝統食に似ています。
精進料理にも起源である中国の影響を色濃く残しているのが、黄檗宗の葬儀の大きな特色です。
明の末期の建築様式を踏襲した黄檗宗の寺院
黄檗宗の寺院は、日本の建築様式の他の宗派とは一目見ただけで違いがあります。建築史ではこの様式を「禅宗様(ぜんしゅうよう)」といいます。
黄檗宗の寺院建築独特の特徴と言えば、まず中国式の牌楼式(ぱいろうしき)の門が挙げられます。屋根の上にはガンジス川にいたワニなどが配置されており、朱色に塗られた立派な門です。
大宝殿には、端が反るようなデザインの屋根の中央に宝珠を置き、左右には丸窓を配置。本堂前には月台という石を敷き詰めた庭を配置するのが黄檗宗式寺院の定番です。
黄檗宗のお寺には本堂のそばに、大きな木の魚が吊り下げられているのも特徴です。真実の珠と言われる球をくわえた魚は、木魚の原型ともいわれるもので、これを叩いて使います。日常の行事や儀式以外にも、食事の時間を告げる時計のような意味合いもある法具です。
黄檗宗の葬儀の流れ
故人を仏法の修行者として引き上げた後に、極楽浄土へ送り出すという儀式を行う黄檗宗のお葬式は、他の多くの仏式葬儀とはかなり異なっています。黄檗宗の中にも各寺院や地方によってその流れは多少違いがありますが、禅宗の作法をベース以下のような流れで行われます。
【黄檗宗の葬儀の流れ】
僧侶(導師)が祭壇に向かい、亡くなった人への「授戒(信者や出家者に仏弟子として戒律を与えること)」をして、仏の世界に導く「引導」を渡すことを伝えます
僧侶の出家儀式の剃髪と同様に、亡くなった方の頭髪にかみそりを当てて、剃髪を行うしぐさをします
生前の小罪を悔いて懺悔し、成仏を願います。授戒の儀式のひとつです
仏の教えをいただき、修行者に帰依することを誓います。
仏の戒め・法を授け、僧侶が法性水を位牌や棺などにそそぐ「酒水灌頂(しゅすいかんじょう)」の儀式を行います
お釈迦様から個人までを結び、仏の弟子となったことを証明する系図「血脈(けちみゃく)」を霊前に供えます
故人を棺に入れながら「大悲呪」「回向文」を唱えます。ここでお焼香を行う場合があります
読経の後、十仏名(じゅうぶつみょう)を唱え、回向文を読み上げます。
「大宝楼閣陀羅尼(だいほうろうかくだらに)」というお経を唱え、太鼓や鐃?(じょうはつ)を鳴らす鼓?三通(くはつさんつう)を行います。かなりの大音量で行われ、凡唄と呼ばれる音楽のようなお経の儀式です。
故人が無事に成就する祈願を行います。遺族による焼香の後、回向文が読み上げられ、参列者の焼香に移ります。
僧侶(導師)が故人の現世への思いを断ち切るために松明を模した仏具で円を描きながら、大声で「かぁーーーーっ!」と一喝。故人を仏世界に導きます。その後、極楽浄土へ送り出すため導師は松明を払子(ほっす)に持ち替えて、引導法語を唱えます。
黄檗宗の葬儀参列時のマナーと作法
黄檗宗の葬儀は、上記のような流れで行われます。禅宗の葬儀に慣れていないと、一般的な仏式の葬儀とはかなり趣が異なるために、驚くこともあるでしょうが、参列する場合はほとんどの場面で、葬儀社のアナウンスに従って行動すれば、大きな不作法となることはありません。
ただし戸惑う人が多い「お焼香」の所作については、簡単にまとめてみます。
- 祭壇へ進む
- 遺族と遺影に対してそれぞれ一礼
- 抹香を人差し指、中指、親指でつまみ、額へと押しいただく
- 抹香壺へつまんだ抹香をそっと投入する
- この動作を3回繰り返す(1回のみの場合も)
- 合掌して故人の冥福を祈る
- 遺族に一礼して自席へ戻る
黄檗宗の葬儀に参列する場合の香典の表書きは、臨済宗と同じく「御霊前」と書きます。四十九日以降の法要では「御仏前」と書きます。
黄檗宗に限らず、禅宗の数珠は108粒でできており、臨済宗と黄檗宗は親玉と呼ばれる大きな珠が2つあるのが特徴です。ただし参列する場合は、そこまで厳密である必要はなく、所有している数珠(略式念珠など)を持って行って使っても差し支えありません。
黄檗宗で葬儀を出す際の注意点
黄檗宗は禅宗のひとつで、葬儀の流れや作法、儀式自体にも独特なものがあります。昔は禅宗のお寺では檀家以外の葬儀は受けていただけない(葬儀の儀式そのものを行わない寺も)ことも多かったのですが、今は黄檗宗を生前信仰していない人でも、故人本人あるいは葬儀を行う親族の希望があれば、葬儀の儀式を執り行ってくれる寺院もありますので、探してみるとよいでしょう。
でも、故人が亡くなって初めて、自分の家が黄檗宗だったと知る人も少なくありません。そんなとき、うろ覚えや付け焼刃の知識で葬儀を段取りすると、葬儀の進行にも差しさわりが出てしまいます。
黄檗宗の葬儀の段取りや注意点などについては、家が檀家となっているお寺にご相談に伺うか、黄檗宗に詳しい知識のある葬儀社に相談するとよいでしょう。
故人を偲ぶ気持ちがなによりも大切
一般的な仏式のお葬式とは趣の異なる黄檗宗の葬儀ですが、大音量で鳴り物を打ち鳴らして唄うように中国語でお経を読み上げる凡唄や、故人を修行者として認めて現世への未練を断ち切り浄土へ送り出す一連の儀式は、荘厳である意味芸術的なものです。それだけに参列者の心の奥深くに響き、忘れられないインパクトを与えてくれます。
葬儀を執り行う親族も、故人を悼んで参列する人も、耳慣れない中国語のお経や儀式の流れに戸惑ったり驚くこともあるでしょうが、お作法を厳格に守ろうとしなくても、故人を偲ぶ心を持って真摯に葬儀に臨めば、何も案ずる心配はありません。
儀式や進行については、黄檗宗の導師(僧侶)や専門知識豊富な葬儀社に任せ、在りし日の故人との思い出を胸に刻み、故人の安らかな成仏を願えばよいのです。
この記事を目にしたり、黄檗宗の葬儀に参列したことがきっかけで興味が沸いたら、普茶料理を提供している寺院などを訪れて、詳しくお話を聞いてみるのもおすすめです。